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最高裁判所第二小法廷 昭和22年(れ)156号 判決

主文

本件上告を棄却する。

理由

辯護人井出甲子太郎上告趣意書は右強盗被告事件ニ付上告趣意ヲ左ノ如ク上申スル原判決ハ證據トスル事ノ出來ナイ資料ヲ罪證ニ供シタ違法ガアリ又刑事訴訟法ノ應急的措置ニ關スル法律第十二條ニ違反シタ違法ガアル。

一、刑事訴訟法ノ應急的措置ニ關スル法律第十二條ニ依レバ「證人其他ノ者(被告人ヲ除ク)ノ供述ヲ録取シタ書類又ハ之ニ代ルベキ書類ハ被告人ノ請求ガアル時ハ其ノ供述者又ハ作成者ヲ公判期日ニ於テ訊問スル機會ヲ與ヘナケレバ之ヲ證據トスル事カ出來ナイ」ト定メテアル。其ノ趣旨ハ被告人不知ノ間ニ作成サレタ供述ヲ録取シタ書類又ハ之ニ代ルベキ書類ヲ採ッテ以テ直チニ有罪認定ノ證據トスル事ガ出來ルトスレバ憲法第三十七條第二項ニ保障サレタ「被告人カ證人ヲ充分ニ訊問スル權利」ハ結局実効ガ無イ事ニナルト共ニ尚又被告人立會ノ下ニ作成サレタ供述録取書類デアッテモ其レガ公判期日外デ作成サレタモノデアル限リ被告人ノ訊問權ノ公判期日ニ於ケル公開ノ法廷ニ於テ許サレテ初メテ充分ト謂ヒ得ル(憲法第三十四條後段第三十七條第一項第八十二條)ノデアルカラ、被告人ノ訊問權ハ尚充分ニ滿タサレタモノト謂ヒ得ナイノデアル。此ノ故ニ右第十二條第一項ハ被告人ニ對シテ供述録取書類又ハ之ニ代ルベキ書類ニ付テ其ノ供述者又ハ作成者ヲ公判期日ニ於テ訊問スル機會ヲ與ヘ之ニ依ッテ憲法ガ被告人ニ認メタ訊問スル權利ヲ保障シタモノデアル。

二、而シテ右同條ニ所謂證人其他ノ者ノ供述ヲ録取シタ書類ノ意義ニ付テハ當該事件係屬審級ノ公判期日外ニ於ケル證人鑑定人ノ訊問調書事件關係人ノ聽取書等ヲ指稱スル事ハ明カナトコロデアルガ、供述ヲ録取シタ書類ニ代ルベキ書類所謂代替書類ノ意義其ノ範圍カ明カデハナイ然シ新憲法ガ被告人ニ對シテ「充分ニ訊問スル權利」ヲ認メタ趣旨ハ其ノ人權擁護ノ立前カラ不利益ナ證據ニ付反證ヲ擧ゲ得ル機會ヲ與ヘ因テ以テ其ノ防御方法ニ遺憾ナカラシメルニ在ルコトハ疑ヒノナイトコロデアリ此ノ見地カラ右代替書類ノ異議範圍ハ少ナク共當該事件ニ付テ作成サレタ書類デアッテ有罪ノ言渡ニ付テ證據トシテ援用シ得ル書類デアッテ前記ノ供述録取書類以外ノ一切ノ書類ヲ指稱スルモノト謂ハザルヲ得ナイ。則チ盗難始末書モ亦代替書類ニ含マレテイルモノト信ズル。

三、次ニ應急措置法第十二條第一項ト刑事訴訟法第三百四十條乃至第三百四十七條トノ關係ヲ見ルト右刑事訴訟法ノ規定ハ應急措置法ノ実施ニ依ッテ効力ヲ失ッタモノデハナイ事ハ論ヲ俟タナイ處デアル。則チ一面ニ於テ從來ノ證據調ニ關スル手續規定ヲ存置シナガラ尚且ツ應急措置法第十二條ノ規定ヲ設ケタ趣旨ハ證據調ニ付テハ單ニ各個ノ證據ニ付取調ヲ終ヘタル毎ニ被告人ニ意見アリヤ否ヤヲ問フ以外ニ更ニ被告人ニ對シテ積極的ニ供述録取書類又ハ代替書類ニ付テ反對訊問ヲ爲シ得ベキコトヲ告ゲル事ガ必要デアリ然モ此レガ記録上明カニサレテイナケレバナラナイ。

或ハ右措置法第十二條ノ規定カ「被告人ノ請求ガアルトキハ」ト規定シテアッテ請求ノ無イ場合ニハ從來ノ證據調ノ手續丈ケデ足ルト云フ見解ガアルカモ知レナイガ之レハ全ク字義ノ末節ニ拘泥シタ議論デアッテ憲法及措置法ノ精神ヲ解シナイ謬論デアル。被告人モ亦裁判ノ確定スル迄自分ノ潔白ヲ證明スル權利ガアリ充分ナル防御方法ヲ認メル事ガ立法ノ精神デアル以上、其ノ裁判手續ニ於テハ被告人ニ權利ヲ行使シ得ル機會ヲ與ヘタ事ヲ明確ニ記録スル必要ガアル事ハ當然デアル。

四、此ノ意味カラ原判決ヲ觀ルト原判決ハ被告人ノ第一審第一回公判調書中ノ供述記載、被告人ニ對スル司法警察官ノ聽取書中ノ供述記載沢渡ノブエ作成ノ盗難被害始末書中ノ記載原審證人沢渡ノブエノ證言ヲ援用シテ居ル。而シテ原審第一回公判調書中證據ニ關スル部分ニ依レバ「裁判長ハ被告人ニ對シ各種始末書司法警察官ノ檢證調書及聽取書檢事ノ聽取書原審公判調書ノ各要旨ヲ告ケ押収品ヲ示シテ各個ノ證據調ヲ終ル毎ニ意見辯解ノ有無ヲ問ヒ利益ノ證據カアレハ提出スル事カ出來ル旨及右書類中ノ證人其他ノ供述者又ハ其ノ書類ヲ作成シタ者ノ訊問ヲ請求スル事カ出來ル」旨ヲ告ゲテ居ル。然シ其ノ後ノ第二回公判期日ニ於テ公判手續ヲ更新シテ居リ尚又第三回公判期日ニ於テモ亦更新シテ居ルガ其ノ更新手續ニ於ケル證據調ニ當ッテハ「右書類中ノ證人其他ノ供述者又ハ其ノ書類ヲ作成シタ者ノ訊問ヲ請求スル事カ出來ル」旨ニ付テハ何等更新サレナイ。更新サレテイナイ以上原審ニ於テハ被告人ニ應急措置法第十二條第一項ノ規定ニヨリ被告人ニ訊問スル機會ヲ與ヘテイナイト云フ事ニ歸着シ此ノ點ニ於テ原判決援用證據中沢渡ノブエノ盗難始末書ハ證據ニ供スル事ガ出來ナイノデアル。則チ原判決ハ冒頭ノ違法ガアル。と云ふのであるが

日本国憲法の施行に伴う刑事訴訟法の應急措置に關する法律第十二條に規定しておる供述者又は作成者の訊問を請求する權利のあることを公判において被告人に知らせてその注意を換起することは右法律が新に施行せられた際でもあるから裁判所として親切で望ましい措置ではあるがこれを法律上の義務と解することはできない又法律上の義務がないのであるからこれを公判調書に記載する必要もない本件において原審第一回公判調書中の證據調に關する部分には所論の如き記載があって被告人に供述者又は作成者の訊問を請求し得る旨を告げておるに拘らず第二回及び第三回公判の更新手續における證據調の際には右の訊問請求權のあることについて何等更新しなかったことは所論の通りであるが前記説明の如く右の訊問請求權のあることを被告人に告げることが法律上の義務でない以上原審には亳も前記應急措置法第十二條違反の廉なく從って原判決が沢渡ノブエの盗難始末書を證據に採用したことは正當で論旨は理由がない。

被告人上告趣意書は、私は事件の當日午後七時頃何氣なく卓球が好きなので時々行く卓球場へ行きますと、其の前で私の友人松本君と辻尾及び小松の友人其の三人が何かを話をして居りました。私が行って何の話をして居るのか聞くと強盗に行く話をして居りました。其の時の話は小松の友人其が辻尾に向って昨夜強盗に行く約束をしてなぜ來なかったか、小松が大へんおこって居たぞ、とにかく今夜やるから九時頃に勝山通の天理教會の前で集ると言ふ約束をして小松の友人某は歸って行きました。私は其の時そばで聞いてゐたゞけで何の相談も受けず又別に一っしょに行く氣は有りませんでした。卓球場で八時半頃までピンポンをしてあそんで居りましたが、松本君が歸らうと言ったのでぶらぶらと歸りかけました。私は全然知りませんでしたが、家へかえるとちゅう松本君に先に天理教會の前へ行って見て來ると言って出て行った辻尾君が歸って來るのに出相ひました。辻尾はまだ小松等來て居ないから歸って來たと言って私たち二人に一しょうにも一度行って見ようと言ふので私と松本君は歸る方向も同じだし辻尾と三人でぶらぶら天理教會の所まで來ると松本君は僕はもう歸ると言って歸ってしまひました。其の時小松と其の友人其の二人が或るコーヒ屋から出て來ながらオーイ今來たのかおそいなあ永い事まったぞと言って居りました。そうして私が別れを告げて歸りかけると小松が私に何だ應田歸るのか三人だと手も足りないし一しょうに行って呉れなあおい、お前其んな氣かと言って頼まれましたのでつい悪いと知りつゝ一っしょうに行く氣になりました。誠に申わけ御座居ません。ひがい者の家の前まで來るとこの家へはゐるからと、私に初めて教へて呉れました。はいる前に小松は辻尾に向って、お前一番先にはゐれおれたち三人は後からすぐにはゐるからと命じながら辻尾から紙につゝんださしみぼうちょうを受け取りました。私は知りませんがひがい者の家から辻尾の家は大變近いのでいつの間にか辻尾がもって來た物と思ひます。辻尾が一番先にはゐったあと小松が紙のつゝみをほどいてさしみぼうちょうを取り出し辻尾がはゐった別の入口からはゐりつゞいて小松の友人某も後からはゐりました。私は小松がさしみぼうちょうをもってはゐるのを見たしゅんかんたちまちはゐるのがこはくなりようはゐらずにおもてに居りました。其の時の私の氣持はたゞおそろしさが一ぱいで何も考へる事もできず家の前を行ったり來たりうろうろするばかりで御座居まして決して見張などはしては居りませんでした。長い時間の様に思ひましたが今考へますと約十分位したと思ふ頃小松の友人某が出て來て何だお前はゐらなんだのかこれを持って與国商業学校の前まで行ってまってゐて呉れと言って私に風呂しきづゝみを一つくれましたので私は其れを受取り学校の前へ行ってまって居りますと私の後すぐに小松、辻尾、小松の友人某がやって來ました。そうして小松が辻尾に明日の晩七時半頃卓球場の前でまって居てくれと言って辻尾をかへし私に風呂しきづゝみをもって二井君の家まで行ってくれと言われましたので、小松と某友人某と私の三人は二井君の家へ行きました。私が両親が心配するから、もう歸ると言ふと二井君がもうだいぶおそいおそいとまって行けとしきりに進めましたし、小松がもう十時だし歸り道でどの様な事があるかも知れないからとまって行け、と言ひましたので其の夜は二井君の家にとまりました。明くる日の朝早く私は両親が心配するので家へ歸りました。其の晩七時半頃卓球場の前へ行きますと二井君と松本君が居りました。松本君は辻尾が用事が出來てこられないからかわりに來たと言って居りました。しばらくピンポンをしてあそんで居りましたが松本君が小松もこないしもう家へかへろうと言ひましたのでかへりかけると二井君が私に小松に四百圓渡す御金があるが今朝百圓もって行ったから三百圓をあづける君からこの御金を小松に會ったら渡してくれと言ってことづかった御金をもって松本君と歸りました。小松に合ったら渡すつもりでしたが其の後一度も合はず其の御金は或る時物を買ふのに御金が足りずにつかってしまひました。が小松に合ったら親にでももらってかへすつもりでした。一年近くの拘禁生活をいたし静かにすぎ去った事を考へますと現在自分のおかした罪にたいし私は心から申わけないと思って居ります。ひがい者にたいしましても何て御わびの申上樣も御座居ません。私の両親妹弟たちも一日も早く真面目に罪を精算し一家そろって樂しくくらす日をまって居ります。私も今度社會に出た暁は一しょうけんめい體を粉にして働き両親妹弟たちを安心させ又社會のためにもつくす決心で居りますから何とぞ今度の事は御情によりましてかるい御裁きを裁判長樣けん事樣判事樣に御願申上げます。と言ふのであるが原審の援用した證據によりて優に原判示の事実を認定することが出來るのであって所論は結局事実の誤認又は量刑の不當を主張する趣旨に歸着するから適法の上告理由として採用することはできない。

仍て本件上告は理由がないから刑事訴訟法第四百四十六條により主文の如く判決する。

この判決は裁判官全員一致の意見によるものである。

(裁判長裁判官 塚崎直義 裁判官 霜山精一 裁判官 栗山茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎)

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